僕は受験に失敗したから、人生に成功した

僕は受験に失敗したから、人生に成功した

僕は大学受験を、二度も失敗しました。
要するに二浪ということです。

二度失敗したあげく、偏差値46の大学しか合格しませんでした。

でも、今だから言えます。

大学受験に二度失敗して、そして、偏差値46の大学に入れて、本当に良かったと思います。

何故なら、そのおかげで、今、とてもかけがえのない人と人生を歩めているからです。

その大切な人のおかげで、人生最高の幸せを手にしています。その人と過ごす時間以外、何も欲しいとは思いません。

その人には、とにかく感謝の気持ちしかありません。

では何故、大学受験に失敗したことと、偏差値46の大学に入れたことが「良かったこと」なのでしょうか。

かけがえのない人との出会いは、大学受験の失敗から始まっていた

かけがえのない人に出会うまでの道のりは、大学受験の失敗から始まっていました。

大学受験に二度失敗

偏差値46の大学に入学

大学の就職課で紹介を受けた会社に就職

会社の指示で遠方に単身赴任

かけがえのない人との出会い

大学受験に二度失敗しなければ、今の会社に入れていませんでした。

今の会社に入れなければ、遠方でまったく接点のない、かけがえのない人との出会いは無かったわけです。

この記事を読んでいるみなさんも、そのような人に出会えると分かりますが、人生に必要なこと、それは「かけがえのない人と一緒に過ごすこと」です。

その人と過ごすだけで、世界が美しく見えます。

生きていくことが、楽しくてしかたなくなります。

僕の場合、そんなかけがえのない人との出会いに、大学受験の合格は不要でした。

大学の合否は、単なる人生の分岐点に過ぎない

希望の大学に受かれば、人生の勝ち組となるわけでなく、大学に行けなかったから、人生の負け組になるわけではありません。

良い大学に入れなければ幸せになれるわけではなく、良くない大学に入れば不幸になるわけでもありません。

大学を決めるとき、良い就職先に入るためとか、自分のやりたいこのためと言った理由で決めることでしょう。だから、決めた大学に入れなければ、人生の歩み方に迷うことは事実です。

まず、考えたいのは、大学の合否は、単なる人生の分岐点だと言うことです。

大学の合否は、最高の幸せをつかめる上り階段でも、転落人生が始まる大きな穴でもありません。単純に左右の分かれ道なんです。

分かれ道のどちらに行っても幸せかもしれない、もしくは不幸なのかもしれません。

受験に失敗したことをなげくことなく、その先にある人生を楽しみましょう。

僕の人生を見てわかる通り、どの道を歩もうとも、人生を楽しんでいれば、必ず幸せは訪れます。

大切な君へ伝えたいこと

申し訳ありませんが、この場を借りて、大切な人への個人的なメッセージを綴らせてください。

僕の大切な人へ伝えたいこと、その想いを永遠に残したいので…

この世界に、君の代わりは居ない

この世界に、僕は君以外が見えていない

見たくない君の過去も

消したくない君の想い出も

僕はすべてを受け入れるから

君が幸せであるために

何もできず

何の満足もあげられないけど

君へ想いが届くと信じてた

君の想いが限りなく僕に注がれて

君の想いが僕の中で溢れて

いつでも心地良さを与えてくれる

この温もりは誰からも感じたことなく

この温もりは誰にも渡したくない

この先も、ずっと

君からのありがとうはいらない

僕が君に尽くすのは

君の魅力が僕を動かしてるのだから

僕のすべての時を君に

僕のすべての想いを君に

終わることのない、この想いを。

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